大村高校ボートレースの思い出


NHKの『龍馬伝』の撮影が寺島の沖であり話題となりました。
この寺島で大村高校恒例のボートレースがあってました。
写真は不鮮明ですが、昭和31年の最後のボートレース風景です。
岩場には応援団が袴姿で応援してます。
石柱に立って指揮してるのは西大村地区の応援団長さんです。
すごいバランス感覚ですね。
前日には商店街を仮想行列して大会を盛り上げました。
昭和31年の大会を最後にボートレースは中止されました。

同じ年の玖島崎の写真です。54年前になります。
小屋風の大村ボート場の建物が写ってます。
箕島も写ってます。玖島崎にボート場を誘致したのは、やはり間違いでしたね。

(写真は卒業記念アルバムからスキャンしました。)

残暑厳しくスケッチに出てゆく気分になりません。昔の写真を整理してます。

ああ玖島崎海水浴場


この景色を知る人も少なくなりました。右奥の島が現在の長崎空港になった箕島です。現在のスポーツ店ヒマラヤ辺りに海に降りる階段が有り、遠浅の海を玖島崎の海水浴場まで歩いて行けました。飛び込み台は現在の屋内プールあたりでしょうか。海水浴場の先に『水明荘』と言う料亭が有り、戦時中は海軍士官の社交場『第2水交社』だったと聞いてます.勿論この頃未だ大村ボート場の姿、形もありません。船着場からは箕島や、西彼杵の亀岳、長浦行きの定期船が出ており、夏には長浦西瓜が沢山運び込まれていました。波止場の入り口に『一文字』と言う防波堤がありました。
孫達に説明する為、イメージを絵にして見ましたが、はたして孫達信じてくれるかな。

玖島崎のよさを力説した文章が有ります。以下紹介します。
『その玖島崎こそ湾内に突き出て奇岩起伏し、老木は鬱蒼と繁り、城の石垣は苔むして大村藩一千年の栄枯の跡を偲ばせる。参道の桜、お堀の菖蒲は観光名所の一つとして広く親しまれ、海はあくまで澄み、真珠を抱いたアコヤ貝が波間にきらめく光景はオトギの国を思わせ、まさしく日本屈指のユートピアであることは訪れる人のすべてが、異口同音に絶賛する処である。』
この文章は当時の関係者が玖島崎が競艇場建設の適地であることを訴えた一文です。皮肉にもその美しさが為に玖島崎に競艇場建設が決定され、昭和27年突貫工事で海岸は埋め立てられてしまいました。
アコヤ貝が波間にきらめくと表現された海が、その後民間業者の手で姿を消してしまうとは、その頃誰が想像できたでしょうか。

第21海軍航空廠



先日時之栖さんが『子供の頃の思い出』でお父様がこの航空廠で飛行機製作の指揮をとられていた事を書いておられました。昭和16年10月飛行機の製作並びに修理の軍需工場として、第21海軍航空廠が設立されました。最盛期には学徒8000人を含め5万人の人員が従事する東洋一の飛行機製作工場だったそうです。昭和19年米軍のB-29による大空襲で壊滅的な打撃を受けました。その後鈴田や萱瀬に工場を分散疎開させながら、世界の名機『流星』や『紫電改』を作り続けたそうです。終戦の日まで僅か5年、突如現れた東洋一の軍需工場は幻のように消えて行った。この本『ああ大村』は飛行機部・部品工場の記録です。戦後35年の昭和55年に、当時の海軍軍属さんや学徒動員された高女挺身隊さん達の赤裸々な思い出、叫びを手記として編集されたものです。玖島崎に有った第2水交社の話も出てきます。出版から既に30年が過ぎました。私は終戦記念日が近づくと、必ずこの本を読み返します。私の父も横浜の日本飛行機(日飛)技術者として、この海軍航空廠に出向しておりました。古賀島の母の実家に下宿していたそうです。この大村に広大な第21海軍航空廠があった事を知る人も少なくなりました。孫達にも語り継がねばと思います。

大村市民会館大ホールの緞帳


『玖島崎の自然を守ろう』の方が投稿されたブログ『県立図書館誘致場所』(7月10日)に挿入されてる大村市民会館大ホールの緞帳の写真です。プロの写真家さんでしょうか、毎回素晴らしい写真で、私の楽しみの一つです。貴重な文化財です。この緞帳の景色は何処からの眺めだろうか、三浦の仏舎利塔からスケッチしてみましたが、一寸目線が高過ぎたようです。

こうして遠くから眺めてると、玖島崎にあの大村ボート場があるのがうそのようです。大村市長は70億を掛けてボート場の全面建て替えを計画中です。先日の大村地区のタウンミーティングで、『玖島崎の自然を守ろう』会の方の鋭い質問に、声を荒げて反論してましたが、卵が有れば、投げつけたくなるような市長の傲慢さでした。冒頭の緞帳の市民会館も、県立図書館誘致の為なら取り壊すと言う。そして本町の親和銀行跡地には高層の賃貸アパートを建てると言う。アパート建設はを民間を補助して、民間に任せればいい。運良くボート事業を黒字化した自信過剰でしょうか、支離滅裂な施策は大村を駄目にしてしまう。

海と森と学園


先日久し振りに玖島崎先端に行った時、龍神島でスケッチしました。教育センターのユニークな建物、御船蔵の艇庫、大村高校そして大村城南高校が並びます。大村高校の前を敢えて白抜きにしました。県立図書館誘致の候補地の一つ『旧市体育館跡地』です。こうして見るとこの地域が文教地区である事を実感します。やはり県立図書館はこの地に誘致されるべきでしょう。JRの久原の駅新設とセットで誘致運動してはいかがでしょうか。今朝の新聞に大村市長選に北村貴寿さんが出馬表明とありました。『旧来の政治の延長線上からの脱却』 『聖域無き事業仕分け』の文言に期待が膨らむ。思い切って『ボート事業からの撤退』と言ってくれないかな。37歳頼もしい新人が出馬表明してくれました。

玖島崎でのスーパー・イリュージョン『島隠し』


『玖島崎の自然を守ろう』のブログに誘われて、高校生の時以来久し振り、玖島崎の最先端に行って来ました。今日はボートも非開催日で、話題の公園専用の駐車場が空いてました。ボートのエンジン音に誘われて、ボート場側の展望所に登ると面白い光景を見る事が出来ました。テレビで有名なデビット・カッパーフィールドのスーパー・イリュージョン『島隠し』が失敗して、緑のカーテンから臼島の頭が出てしまった。そんな感じです。ちなみにこの風除けカーテンの工事費は数億円です。驚いたのはボート場の中で『昆布漁?』さながらの海藻採りがあってた事です。見てると長い棒に藻を巻きつけて引き上げ、船腹に積み上げます。船いっぱいに海藻を積んだ漁船が次々と帰ってき、何処に揚げたのでしょうか、またボート場水面に戻ります。多分エンジンのプロペラに藻が巻きつかない様に、藻を刈り取っているのでしょう。10艘は出てるから相当費用も掛かるでしょう。年間どの位使ってるか知りたいね。風と闘い、藻と闘う。自然の摂理と闘うのだからボート場も大変です。例えば、藻を好んで喰う魚を多量に放流する案はいかがでしょう?そしたら今度は魚がエンジンにぶつかるか。そんな馬鹿らしい事でも言いたくなる玖島崎の先端でした。

曲がり道


私は曲がり道が好きです。その先に何があると分っていても、曲がり道には夢があります。長崎県工業技術センターの建物を好きで描いた分けではありません。あの必殺仕分け人蓮肪議員が仕分けしたら、『事業廃止』と聞こえてくるようです。『県からの天下りは何人ですか?』『何か研究の成果は?』 話が横道にそれてしまいました。曲がり道に戻ります。伊豆半島の海岸沿いの旧道ををドライブした時、道路を曲がると突然眼下に、美しい小さな漁港と海を見た時の感動は今でも忘れません。北京マラソンを走った選手が、『道が広すぎてスピード感が沸かない。道が真直ぐで目標がつかめない。大変疲れました。』と言ってました。マラソンには適当な曲がり道が必要だそうです。初めての土地に行く時もそうですね。『この先を曲がると・・・』と夢を膨らませます。振り返ってみると、人生も似たようなものですね。『ここを越えれば・・・・』『この苦しい道の向こうに・・・』 何度も夢を膨らませ、そして萎ませ、走って来たような気がします。先が分っていても、やはり曲がり道には夢があります。

     

夕暮れの空港


夏の楽しみはビヤガーデンです。特に長崎空港屋上デッキのビヤガーデンは格別です。夕焼けの空に急角度でJALのジャンボが飛び立って行きます。こっちもグイッとジョッキーを傾ける。今度はANAのジャンボが飛んで行く。こっちもグイッと行く。嫌な事は忘れ、飲むときは飲む。それで良いのさ人生は。ところで空港ビヤガーデンは今年はいつからオープンかな。

森園公園から玖島崎を見る


孫を連れて森園公園に行く。駐車場には車が沢山駐車してましたが、起伏がある芝生の公園には誰もいませんでした。『この起伏を自転車で走ったらスリルだろうな。ここでグラウンドゴルフしたら、難しくて面白いだろうな。』なんて考えてたら、私の心を見透かした様に警告のアナウンスが聞こえてきた。『芝生に自転車を入れないで下さい。芝生内に犬を入れないで下さい。』ビックリして立ち止まってしまった。『芝生で遊ばないで下さい。』とは私の幻聴か。この時刻すでに子供達は学校から帰ってきてる時刻なのに、一人も見当たらない。考えてみたら、私達の周りには遊べる広場が少ない。野球も出来ない、サッカーも出来ない、家の中でテレビゲームを楽しむしかないかな。この公園も平たい多目的広場にしてくれれば良かったのにと思う。公園の海岸に出て、玖島崎方面を眺めると、異様な光景が目に入る。大きな緑の構造物、大村ボートの巨大な風除けネットです。数億円の工事費を費やして設置されたと言う。小学校、中学校の耐震工事も進んでいないと言うのに。

久原・梶の尾線の三城町高台から


久原・梶の尾線が長崎リハビリー学院先も開通し、通行量が増えたようです。ここ三城町高台から道路の延長方向を見ると、真正面に仏舎利塔が見えます。振り返えると、北への道路の先に、独特な姿の虚空蔵を見ることが出来ます。私は高台から大村市街地を描くのが好きです。『琴平岳』や『ますらがはら展望広場』から見る市街地は、あまりに美しく、まるで箱庭を見るようです。一方ここから眺める市街地は、生活の鼓動と息吹がが聞こえるようです。ここから眺める夕暮れの景色が好きです。夕日に映える黄金色の雲。沈み行く太陽に照らされ青く輝く空は、昼間より透明感があります。そんな空と雲を絵にしたかったのですが、近景も遠景もと欲を出したため、肝心の上空の青さを描けませんでした。

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